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【東京・築地】対面、スカイプ、メール相談の 郷家あかりカウンセリングルーム

〒104-0045 東京都中央区築地3-3-10 クオス銀座

郷家あかりのこれまで PROFILE 2


郷家あかり 生い立ちとこれまでのこと
長文ですが、ご興味のある方はお読みください。


幼少期

直感と共感力のつよい、繊細な子どもでした。
3人姉妹の長女でいわゆる姉御肌でしたから、いつも人の相談に乗っていたように思います。

小学校に上がってから高校を卒業するまで、当たり前のように毎年学級委員、先生方からもクラス運営について相談されるような子で、とにかく黙っていても目立ってしまうという子どもでした。
また、いわゆる”手の付けられない不良たち”や 特殊学級に通う、コミュニケーションの難しい子たちからも、どういうわけか好かれ信頼されていました。

でも、心の内はどうかというと、いつも心地悪く寂しく、理解されないつらさを抱えていました。自分を好きではありませんでした。
暴力をふるう父、精神的に幼い母、父の養父母(厳しい冷徹な人たちでした)…という大人たちと暮らしている家も、とても息の詰まるところで、安心して過ご せる場所ではありませんでした。

のびのびと子どもらしく振る舞った記憶はありません。家でも学校でも「役割を生きていた」だけだったように思います。
また、心身を繰り返し傷つけられていましたから、自分という存在を大事に思うことができず、このことは後々、私のお題になっていきました。


中学・高校時代

実業団バレーボールの指導者だった父の勧めで小学生のときからバレーボールをやっていましたが、中学校は、県下有数の強豪チームのある学校へ進みました(進まされました)。

活躍はしましたが、”年休2日“の活動は厳しく、当時は運動部の体罰は当たり前でしたから、殴られ蹴られバケツの水を浴びせられるのは日常茶飯事、嫌だからといって家に逃げ隠れすることもできず、肉体的・精神的に、とてもきつい日々でした。
いつも元気に笑っていましたが、こころの中では「大病したい、大けがしたい、そうすれば休める」そう思っていました。

中学時代の記憶は、ところどころ抜けています。

たくさんの高校バレーの名門校からのスカウトを断って、バレーボールをやめると宣言してからは大変でした。

高校時代は音楽部で活動しましたが、怒った父親はそれ以降何年間も一切口をきかず、母親も嘆き悲しみ、以後、私は強い罪悪感を抱えて生きることになりました。


大学時代

進学は許されたので大学へ入り、都会の大学生生活を楽しみました。

学業で楽しかったのは選択科目にあった心理学の授業だけ、熱心にやったのはパブやバーでのホステスのアルバイトでした。綺麗なドレスを着て違う自分になって、たくさんのお客さんと話をする仕事はおもしろく、昭和の景気の良い時代でしたからたくさん売り上げ、華やかな楽しい日々でした。
「ホステスは天職かもしれない」と思いました。

いちばんの喜びだったのは、私に会うと癒される、元気になるといってくれるお客さんがたくさんいたことでした。「生きていてもいいんだなぁ…」と救われる気持ちでした。


OL時代

大学卒業後は大手製薬会社に勤めました。
研究開発費の割合が他社より多い、社員を大切にする、真面目な良い社風の会社でした。私の仕事は主に役員のセクレタリー業務でしたが、この会社で学ばせてもらったことはとても大きく、特に、とても優秀な人や、上品で叡智を感じさせる人たちに出会えたことは、本当に有り難い幸運なことでした。
結婚を機に退職しました。


結婚、出産、子育て

勤めていた会社で医薬品の研究開発に携わっていた男性と結婚、一男一女を授かりました。
子どもが小さい時は外で仕事はせず、子育てと家事だけの日々を過ごしましたが、とても幸せでした。

日々成長する子どもの傍らで、私もまた自分の子供時代をやり直し取り戻していると感じました。
父母と二世帯住宅で同居する暮らしを選び、終わっていなかった自分の「親子問題」も、セラピーを受けたりしながら、少しずつ時間をかけて解決していきました。

自分で家庭を持ち創っていく過程で「自分の人生を生きる」ということに挑戦する日々でもありました。


子どもが育って・・・

息子の友だちの親御さんが経営していた会社の立て直しと管理を依頼され、経理・人事・研修などのシステムを築いたり、実際に店舗で働く若い従業員100名余の指導やカウンセリングをしたりする仕事を数年間やりました。

勇ましさと緻密さ、リーダーシップと母性…と、自分の様々な面を発揮しながら、最も精力的に働いた時期だったと思います。

その後、人を癒す仕事を始めたいと思い、整体やアロマセラピーの技術を習得しましたが、興味は、身体の癒しから、心理的・精神的なことへ移っていき、カウンセリングやエネルギー・ワークを学び始めました。

それに伴って、自分の中にあり癒されたがっていた傷が浮上して辛い時期もあり、鬱症を患ったこともありましたが、こころのこと、スピリチュアルなことを探求したい気持ちは変わらずに持っていました。


開業まで

その後、世界的な透視能力者のレバナ・シェル・ブドラ女史の主催するクリアサイト・ジャパンへ通い、透視リーディングとヒーリングを学び、再び心理カウンセリングの学校へも通いました。

そこで学んだことを実践して根気よく自分に向き合って理解を深めていったことで、こころの傷は随分と癒え、生きることがとても楽になりました。
何も無理をせず、私は私でいればいい、ということ、いつからでも生き直せるんだ、ということ、すべてはつながっているんだ、ということがわかったおかげだと思います。

また、楽になるに従い、自分と他者への愛が拡がり深まっていった気がします。いろんなものの生命の営みを愛おしく思うようになりました。

通学の傍ら、ベビーシッターの派遣会社に登録してシッターの仕事をしましたが、赤ちゃんや子どもたちのお世話、また 若いママたちとの関わりはとても楽しく、指名をたくさんいただく人気のシッターさんでした。

次第に、シッターの時間とは別にママたちの相談に乗り、またその方が紹介してくださった方のカウンセリングをし…という機会が増えたことから、本格的に時間と場所をとって相談を受ける仕事を始めることにし、カウンセリングと心理学の勉強を再開しました。

相談相手がいなくてひとり悩んでいる人がこんなにいるなら…、私のこんな挫折だらけ傷だらけの人生の経験がそんな人たちの救いや励みになったりすることがあるなら…、喜んでお力になりたいと思いました。そして開業し、今に至っています。




イラスト提供:ふわふわ。り


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郷家あかりカウンセリングルーム

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